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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

小説 九太郎がいく 2

九太郎がいく・・・12

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今日も主はお疲れ気味らしい・・・。風がまだ治らないのか。鼻を噛み、咳をしている・・・。花粉症か・・・。
ということなので、今日も三太郎さんの物語を読むことにする・・・。

四月某日
 桜の花びらが散って、主人の家の裏の川にピンク色の帯が出来た。
「このような眺めの方が風情があっていいものだ。人間の汚れた心が自然の生業の中で一瞬でも隠され、花弁はやがて朽ちて水を浄化させる役目をすることになる。自然とは偉大ではないか」
 主人は、川に面した書斎で久しぶりにペンを握りながら言った。俺は主人に尻尾を寄せてじっと川面を眺めていた。百メートルほど川上に科学工場の社員団地があり、そのぐるりに桜が百本位植えられていて、風に弄ばれた花弁が川に落ちて流れたのだろう。何せ、俺はそこの団地の入口の大きな木に登っていた時にスピッツのおばさんに拾われた事になっているのだから、その辺は詳しいと言うことにしておこう。
「この前なんか、そこ社宅の奴がコーヒーを啜りながらこうほざきおった。花弁が車にへばり付いて洗車をするのに大変なんですと。ちばけるではない。逆上せるではない。花が降り注いでくれることをどうして喜ばないのか、桜の開花によって春の訪れを確認できたことをどうして喜ばないのか。桜が咲かなかったら、それこそ大変ではないか、その事の重大さを認識しないのか。洗うのが嫌なら、そのまま乗り回し、雨が洗い落としてくれるのを待てばよいではないか。桜の花弁は正に天からの献花のようなものだ、と言う広い心で受け止めて悠然と自然と共に戯れたらどうなんだ」
 主人は興奮して矢鱈と唾を飛ばしながら煙を吐きながら喋りまくったのだった。
 自然を冒涜する人間には極端に、眼光を鋭く磨ぎすまし、唇を突き出して、攻撃的になるという性癖があるのだ。それは、主人が動物に極めて近い存在にあるという証拠なのだろうか。なにせ、容貌はマントヒヒそのものであるのだから。
「嗚呼、日本の繁栄も此処に極まれり」
 何を思ったか主人は涙混じりに言った。感情の起伏の激しいのも最も動物に近い。人間には理性とかと言う感情を抑制する機能が働くという事を聞いた事があるが、どうも、主人にはそのような高等精密なものは働かないらしい。
「なんだ、この匂いは。この川はまるで糖尿病患者の病棟のトイレと同じ匂いではないか。公衆便所と同じ臭気ではないか。桜の花弁が実に可哀相だ」
 と川面を睨み付け一辺の花弁に涙したのだった。
 主人は裏の川の匂いを今まで嗅いだ事がなかったのだろうか。俺なんかその臭気に反吐が何度も出たものだ。鼻水は垂れ、目は眼病患者のように涙の洪水だったのだ。川魚は川沿いを歩くアベックに恨み言を言いつつ集団で上流へ疎開したのを知らないらしい。ザリガニも鋏を怒りの刃に換えて、呆れ果てて川魚の後を追ったのだ。
「お前も、人間に愛想をし、へり下り、のうのうとしてないで、早く山へ帰れよ」
 と言う言葉を残してだった。
 だが、俺なんか人間に飼われ養われていると少しも思っていないから、
「どこに行っても同じ事だょー。いざとなりゃー化けて出ると言う手もあるしねー。それに、人間より俺の方が利口だもんねー。飼われたような恰好をして人間を飼ってるものねー。人間より逃げるのは早いものねー。気を付けて行くのだぞー」
 と尻尾を振りながら見送ってやったのだった。
「日本民族は皆糖尿病になってしまうぞ。三Kを嫌がり、楽して生きようとする処に原因がありそうだ。汗を流す仕事をする事によって運動不足が解消され、辛い仕事に携わる事により食することが出来る有り難さが解り、危ない仕事に従事する事が世の為人の為と言う充実感が芽生えてストレスが生じないのだと言う事が解っていない。実に情けない。今の人間は表面をチャラチャラさせていて一見風景はいいが、心の、精神の景色は廃棄物処理場のようなものだ。ゴミ処理場にはなんとゴミと一緒に人間の良心まで捨てている。どうも、人間という奴は際限のない阿呆か馬鹿であるらしい。ゴミと自分の良心の選別も出来ないらしい。いや、汚れて腐った良心はやはりゴミなのかもしれない。粗大ゴミの肉体もついでに一緒に捨てればいいのに・・・。自分だけよければと言う考えがやがては自分を殺し全体を葬るという方程式が解っていないのだ。
 今の日本の情勢を、世界の趨勢を四十数年前に看破した偉大な政治家がいた。そして、そのような状況になったらどような手を打ち、どう打開して行くかという事をグローバルな考えで著作にしている総理大臣がいたのだ。今の政治家どもはその先輩の本を読んでないらしい。また、その名も知らぬのではないだろうか。後にも先にもこれほど考えの確りした、無欲無私で、人間を愛し、人間を自然のなかに融和させようと考えた御仁はいなかった。嗚呼、カンバックツーウミー・・」
 主人は正に精神病患者のように一点を凝視して、己れの考えを言葉に換えて放流した。 この俺が理屈っぽくなったのは、こうした主人の独り言のせいであった。ガラガラ声で喋りまくり、自分の言葉に怒り泣き嗤い喜ぶと言う何だかよく解らない主人の性癖の齎らす結果が今の俺だった。そんな主人と何時も付き合う俺はこれから一体どうなるのだろうか、と心配になる時がある。主人は独り言で世間が変わるとでも思っているのだろうか。一日中何もせず、いや、静さんの店が忙しい時にはコーヒーカップを洗いよく割っているだけなのに、それだけで、社会が許すとでも思っているのだろうか。紐でありロープである身を世間に曝していて、正論をのたくっていてもその通りだと頷いてはくれまいに。人は、主人のことを”奇人変人横着者”と婀娜なしているのを知らぬのだろうか。俺には、知っていてやっているように見えるのだが。それだったら尚質が悪い様に思う。役者の演技なのだ。
 先程、人間属の中でましな御仁を挙げていたが、俺にはすぐ主人の言いたい事は解ったのだった。
 「石橋湛山」その人のことを言いたかったのだろう。山がつけば富士山を連想するが、湛山はその富士より日本が世界に誇らなくてはならない山だろう。
 俺が知っている事にどうか嫉妬しないで頂きたい。先だっての夜、主人が障子を鳴らすような鼾をかきながら寝込んでいた時に、
「いしばしたんざん、イシバシタンザン、石橋湛山、あなたは実に偉大だ。偉い賢い、あなたが今の世に生きていなさったら、嗚呼、ああ、アア・・・」
 と布団を抱き締め悶えながら寝言を言ったからなのだった。
「この地球上の資源を、僅か一億二千万人の日本人が食い潰そうとしている。飢えに苦しみ、寒空に着る物とてなく暮らしいる同胞がいることを忘れているのではないのだろうか。先進国病、繁栄病、豊かさのツケ病、と言われても仕方がないが・・・、日本人は皆糖尿病になり、その報いを受けなければならないとは、なんと言う馬鹿げた事だろう。形容しがたい哀れさだろう。合併症として、腎臓機能障害、眼底出血、神経障害、と様々な復讐が待っているというのに、それに気ずかずにのうのうとして美食を食らい、天然資源の浪費をしている。食べる物がなくなったら、可愛がっている犬や猫でも平気で胃袋の中に入れるだろう・・・」
 主人の言葉が途切れたのは、犬や猫でも食らうという事に対する俺の怒りの引く掻きがあったからだ。そして、俺は恨めしげに見上げてやった。
「いたた、痛い・・・。この感覚を忘れている人間が実に多いいのだ。痛みを忘れているから他人の痛みが分からない。そんな人間に心の痛みなど分かるはずがないのだ。・・・三太郎くんは大丈夫だからして心配をすることはない。そんな時には私達が死んでもお前と五右衛門くんは生かしてやる。心配するでないぞ」
 と主人は俺の頭を撫でながら言った。その顔は実に淋しそうだった。人間全体の愚かしい事を皆自分の物として背負い込んでいるような表情だった。
 俺は主人が愛しくなって全身をぶつけてやった。
 その時、五右衛門君が、
「僕は、旦那と一緒に行動する」
 と吠えていた。
 俺だって、マントヒヒとかと言ってるけれど、主人が好きだ。だから、ご一緒させて貰うつもりだと、大きな泣き声で応えてやった。何も犬だけが忠義心を持っている訳ではないのだ。忠犬ハチコウと言う犬が持て囃されているが、俺は忠猫三太郎である、と言いたいのだ。
「おとうさん!」
 と呼ぶ静さんの声が聞こえてきた。主人は、
「少し夜食を控えなくてはならんな。大好きなビフテキをやめて、鮪の刺身か、鰤の照り焼きにしょうか。そして、夜食の中華料理をフランス料理に換えた方がいいかもしれない。でも、どちらも捨てがたいなあー」
 と言いながらお腹を摩り声の方へ歩き出した。

九太郎がいく・・・13


主は睡眠不足らしい。なかなか眠られなかったらしい。
俺の所為か? ・・・。
ということで、今日も三太郎兄さんの物語を読むことにする・・・。

五月某日
 一ヵ月振りに日記を書くことになった。
 その間に色々とあったが、書ける状態ではなかったのだ。主人の事、静さんのこと、貫之さんのこと、道真さんのこと、まるでどこかの国に起こったクーデターのように収拾の付かない問題も起こったのだった。が、先ずは俺のことから記すことにする。
 四月だと言うのに底冷えのする日だった。が、無性に喉の渇きを覚えて、俺の為にこしらえてくれた食卓の水を飲みに行こうとした時、先程食べたキャツツフードが胃の中で暴れはじめ、食道を上がってきて口腔に溢れた。ドット絨毯の上に吐き出してしまったのだ。その二三日前からどうも小便の出が悪いという異常を感知はしていたのだった。けれど、俺はそんなに気にしていなかった。食欲は主人に似て旺盛な方だが、段々とフードの匂いが鼻を突き嘔吐を催すようになった。俺は一瞬妊娠したのではないか、その兆候として悪阻が始まったのではないかと思ったほどだった。だが、理性まで壊れていなかったので直ぐ馬鹿げた考えは捨てた。小便は膀胱に溢れ、腎臓まで一杯になった事を、腹を地に着けへたり込んで訴えたが中々解って貰えなかった。
「三太郎がおかしいぞ」
 と道真さんが言ってくれた時には、地獄に仏とはこの事かと感謝したい気持ちで一杯だった。その頃は泣く元気もなくじっとしていたのだ。
「茶子兵衛の時もこんな状態だった。親父さん、これは病院に連れて行べきだ」
 と貫之さんが助け船を出してくれたのだった。
 どうも、先輩の茶子兵衛くんも俺のように苦しんで、腹を引きずりながら外に出て、車に轢かれたらしい。その事を言っているのだろう。
 玄関を入ったところの壁に、主人が茶子兵衛くんに寄せた鎮魂歌が書かれてあり、写真が飾られてあった。
 その鎮魂歌を此処に紹介しておこう。
 茶子兵衛への愛惜の詩
「突然に我が家の一員になった君よ、あの時、そう午前三時ごろ、君は我が家の前に捨てられていた、私を見て人なっこい目と小さな声で泣いていた君よ、来るかと言うとよたよたと付いてきた君よ、ミルクを旨そうに飲み、私が夕食の残り物を与えるとぱくついた君よ、その日ダンボールの中で眠った君よ、次の日から家族の一員になった、風呂に入れると必死に逃げようとし爪を立てて抵抗した君よ、日に日に成長していく君を我が子のように愛でた日々、空オケを聞きながら育った君よ、君は我が家の一人一人に生き物の可愛さと命の尊さを教えてくれた、君の事は我が家の者の心に何時までも何時までも残ることだろう、沢山の思い出をくれた君よ、惜別堪え難く、此処に冥福を祈りながらありがとうと・・・」                         柿本源内とその一族
 この詩を読んだときに、この家に来て良かったと思ったものだった。
「気が付かなかったが、何故早くその事を訴えなかったのか、他人ではあるまいに」
 主人が俺の腹を摩りながら言った。
「早く病院に連れて行ってあげて」
 静さんが心配そうに言葉を添えてくれた。
 それからが大変だった。
 主人は俺を車に乗せ動物病院に連れて行ってくれた。
「ほう、これは珍しい。オラウータンが猫を診察に連れて来るとはな、世の中も変わったものですぞい・・・」
 小柄で痩せていて、お目目真丸の先生がちょぼ髭の下の唇を開いて言った。
「この猫は三太郎と言いまして・・・」
 主人は少し頬を膨らせながら言った。
「ほほ、FUS{猫の泌尿器症候群}ですな。どうしてこんなになる前に連れて来なかったこなかったのですかな」
 猿のような先生が、俺を一瞥しただけで言った。
 主人は、
「何分にも学がありませんで、猫語を勉強していませんので・・・」
 と恐縮して言った。
「それは、まあ仕方がありませんがな・・・。チンチンが詰まって、膀胱炎から腎臓炎を併発していると考えられますな。つまりですな、膀胱も腎臓も小便で一杯だと言う事ですな。それも爛れていて真っ赤な小便が詰まっているという事ですな。この様な病気は、贅沢病とでも言いますかな、過食と運動不足から来ることが多いいのですな。近頃のフードと言う奴が曲者でしてな・・・」
 猿の様な先生が俺の苦痛を無視して長々と病状の説明にかかった。俺が猫だから許せたが、犬だったらどうしただろうと考えた。犬猿の仲と言う言葉が人間属の中にあるのだから。早くどうにかしてくれと言わんばかりに、か弱い泣き声をあげた。
「まあ、ここ迄来たら心配いらないから。オラウータンさんにしっかりと君の病状を説明しておかないと、またこの病気を繰り返す事になるからして・・・。いいですか、オラウータンさん・・・」
「私には、父母が付けて下さった源内と言う列記とした名前があります。柿本源内と言えば知る人ぞ知る・・・」
 主人はむっとして言った。余程オラウータンと言う呼び方が気に入らないらしい。
「知りませんな。まあ、そんな事はいいではないですか、たいした違いはありますまい。私など、紅猿、チビ猿、髭猿、と呼ばれても平気の平座ですぞい。寧ろそれを喜んでいるのですわい。私は人間を診るのが阿保らしくなり、人間を相手するのが馬鹿らしくなったから、獣医になったのですからな。人間も、オラウータンも、猿も、親類同士ですぞい。人間が今は進化して我が者顔で歩いていますが、まだ三分の一しか進化をしてはいないのですからな。まあ、今度はオラウータンか、猿が人間より大きく進化するとも限らないわけですからな・・・ううううあ」
 俺は髭猿に噛み付いてやった。
「よしよし、分かったぞい。チンチンに注射して腎臓に、膀胱に溜まった真っ赤な小便を抜き取ってやるわいな」
 髭猿に後足をひょいと掴まれ、尻を抱えられて、流しに連れて行かれた。そこで、チンチンの尿路に注射器を差し込まれた。雌猫が初めて交尾をした時にはこの様に痛いのだろうかと一瞬思った。
「うーん、中々入らんわい。尿路に無機質の結晶、結石、栓がつくられていましてな・・・、これは手強いわい、なかなか・・・」
 髭猿はそう言いながら注射器で何度も何度もチンチンから尿路に針を射れてまさぐった。そのたんびに俺は飛び上がるほどの激痛を味わった。
「何をぼさーと見ているのですかな。三太郎くんの頭を抑えていてくれませんかな。そうそう、そのように」             
 主人は俺の頭を抱えた。
「ほうれ、真っ赤な小便が、出て来たでしょうが。小豆の様な結石が出て来る時もありますからな」
 髭猿にお腹を力一杯に押さえられた。耐えられない痛みが全身を駆け巡った。
「こら、三太郎、これほどの痛さがなんだというのだ。お前を産んだ母の痛さに比べたら、屁のようなものだ。おとなしくしなさい。これくらいの痛さを我慢できんようでは、所詮人間には勝てはしないぞ」
 主人が、主人らしい事を言った。
「ほほ、中々味な励ましを言の葉に乗せましたわな。その通りですぞい。なかなかオラウータンも馬鹿には出来ませんな」
 髭猿は俺の腹を絞りながら、主人と交感遇い照らしていた。
「この胡麻のような物が一杯に詰まっていたのですぞい。こうした病気は、餌の中のマグネシームの含有率、肉体的活動の低下、肥満、水の消費量の減少、及び、尿量や排尿の回数の減小で起きるのです。つまりですな、簡単に言えばですな、餌のバランスと運動のバランスの崩れから起きるのですな。餌の中の灰分含有率とマクネシームの含有率のバランスがFUSの原因になると言う事ですわな」
「人間の糖尿病による合併症状の様なものと考えて言い訳ですか」
「まあ、少し違いますが、その様な物でしょうわい」
 主人と髭猿が俺の病状の事で話しているのを聞いていたのだが、だんだん腹が軽くなり痛さが潮が引くように消えて行った。俺は陣痛を終えた様な安堵感を覚えた。主人の手を感謝の気持ちで撫で言ってやった。
「これで大丈夫だわ。ダイエット食を出しておきますから、それだけしか食べさせないようにしてくださいな」
 そう言って、髭猿は俺の尻をポンと叩いた。
「中々の奴だ。獣医等にしておくのは真実に勿体ない。サファリーパークに離してやらねばならんな。そこでのびのび猿の進化論でも研究させたい位だ。今日は実に快い日だった」と帰りの車を運転しながら独り言を呟いた。
 伊藤博文が何枚か主人のポケットから消えたのだった。それについては、
「国家も、動物愛護の為に、ペット健康保険を考えなくてはならん。ペットによって安らぎを与えられ、親子愛を教えられ、人間が動物であることの認識を新たにしてくれている事を考えれば、国家予算に組み込んでもいいではないか。ペットによって暴動が起らないという事も考えられる。また、ペットを愛しむと言う美しい友情が生まれ、ひょつとしたらこの地球を救うかもしれないのだから」
 主人は自分の言葉に酔っていた。俺は車に酔っていた。
 なんと回復するのに二十日もかかったのだった。
 毎日毎日、俺は主人の下手な運転の車に乗せられ、髭猿の所へ点滴注射に通ったのだった。俺が点滴をしている間、主人と髭猿は動物の進化論を蕩々と議論していた。主人は俺のお陰で退屈が紛れて良かったらしい。なにせ、マントヒヒと髭猿の親類同士の付き合いが俺の病気が縁で始まったのだから。類は類を持って集まる、似た者同士。俺は二人を見ていて、親子か兄弟を連想したものだった

九太郎がいく・・・14

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主は雨が降っているときは頭の回転が正常でなくなる・・・。交通事故の後遺症で鬱の状態になるらしい。
今日も一人で三太郎兄さんの物語を読むことにするか・・・。

五月十某日
 曇り後雨時々晴れ。猫の額ほどの庭には、サツキが赤と白の花びらを開き重く湿りがちな気分を和らげてくれていた。何故、土地が狭いと猫の額と言う表現を使うのか、これは偏見と言うものではないか。まあいいか・・・。
 主人は朝から忙しげに貫之さんの部屋を掃除していた。俺が擦り寄って行っても、相手にしてくれなかった。何時もなら、
「三太郎は元気かな。ご機嫌は如何かな。ストレスは蓄めるでないぞ。雌猫にもてるといいがなぁー。美醜に拘るでないぞ、最近は整形美人に性格ブスと言ってな、ややこしい人間が増えて、人間社会は混乱しておる。どこを見ても、どちらを見ても同じような女性でな、個性なんかないのだ。判断に困ってしまうのだ。化粧の下の顔を見なくては人相学は成り立たなくなる。そう人相見が言っておった。昔から、顔は心を映すとか、心の鏡とかと言う言葉があるが、今ではその言葉は死語になりつつあるのだ。実に嘆かわしい、愚かしい。父に母に貰った顔で、堂々とどうして生きられないのかと言いたい。心を研けば自ずと顔は美しくなり、その自信が姿形を輝くものにするのだという、嘗ての格言諺が今では通用しなくなった。おまえの世界ではそう言うことがあるまいが、決して整形美人と性格ブスに子種をやるではないぞ」
 と言うようなことを、言って遊んでくれ、教授してくれるのだが、今日はどうもその心の余裕はありそうになかった。
「あなた、なにをそんなに興奮しているのですか。貫之の部屋はさっき私が掃除をしておきました」
 静さんが部屋を覗いてそう声をかけた。
「分かっておる、念には念を入れてと言うではないか。万一、掃除が行き届いてなくて貫之が振られるというような状況になったら、可哀相ではないか」
「それは日頃の貫之の生活に問題があるのですから仕方がない事でしょう。自業自得というのでしょう」
 静さんも何時になく言葉を荒げて、主人に口返事をしている。何時もなら、主人の言う事に逆らった事がないのだが。
「お前さんは知らないだろうが、貫之が此処まで漕ぎ着けるには大変な努力と忍耐がいったのだぞ。だいぶ前にお前さんに言ったと思うが・・・」
 主人も今日は否に下手に出ているのだ。
「知りません、忘れました。少々のゴミがなんですか。万一そんな人と貫之が一緒になると言うようなことになった方が大変です。人間はゴミから生まれたと言うのはあなたの口癖ではありませんか。貫之はゴミの中で生活をしていても、心は何時も綺麗で純粋ですよ。何だかんだと言ってもまだ子供ですから」
「それは、まあ、そうだが。だが、それだから余計に心配なんだ。万一、失恋がもとで世を果なんで命を絶つとか、得度して、坊さんになるとか・・・」
「そうなったらそれでいいではありませんか。そうなることが貫之の運命なら・・・」
「否に今日は逆らうではないか。さては、貫之の心がお前から離れて、その娘に移ったのを嫉妬しているのだろう」
「あなたと一緒にしないでください。私は、貫之より、あなたの方が心配なんですから」「それはどう言う事だろうか」
「あなたの頭の中には、貫之と今日来る娘とのドラマが進行していて、結末まで進んでいるのでしょう。何時結婚して、どこへ新婚旅行に行って、何人子供を産んで、その孫を背負い、どこを散歩させ、どんな玩具を与え、いつ頃最初の夫婦喧嘩をして・・・と」
「どうしてそれを・・・」
「分かりますわよ。結果においてそうならなかった時の事を考えると・・・。その時には怒る泣く・・・。そんなあなたをどう扱えばいいかを考えると今日の来る日とても恐かったのですよ」
「だが・・・」
「現代の女性は、お父さんが考えている程・・・」
「つまり、お前さんのようではないと言いたいのかね。大和撫子ではないといいたいのかね」
「先だって、三太郎くんに言葉を投げていたではありませんか。整形美人と性格ブスがどうのこうのと・・・」
「だから、この私が、曇りない眼でそれを判別しょうとしているのではないか」
「それが、貫之にとってはいらぬお節介になると言っているのですわ。貫之が選んだ娘を、信用してあげようではありませんか」
「うーん。だが・・・」
「それより早く、五右衛門を連れて散歩に行ってらっしたら・・・」
 軍配はどうやら静さんに上がったようだった。
 俺は主人が五右衛門君を連れて川沿いを歩いて行くのをじっと見詰めていた。マントヒヒが背を丸めて五右衛門君に連行されているように思えた。
 散歩から帰って、主人は書斎に閉じ籠もり、何やら懸命に書いていた。余程静さんに言われた事が堪えたのだろうか。だが、そんな和な主人ではない事は、俺は百も承知二百もがってんだったのだ。
「病み上がりで少し痩せたなぁー。まだ本調子ではないのか」
 と五右衛門君が、貫之さんの部屋の網戸越しに声を掛けた。
「うん、まだ腰がふらつくのよ。兄さんは近頃どうなんですか。足の具合は」
 俺は網戸に近寄ってそう応え、そして問った。
 五右衛門君は産まれもって少し足が悪いのだ。人間で言えば正座が出来ないという具合に。五右衛門君を俺は、先に此処に住んだことに敬意を評して、兄さんと呼んでいた。
「うん、生れつきだから。聞くけど今日はなにかあるのかい」
「うん、貫之さんの彼女が来るということなんだ。それで何かと忙しそうなんだ」
「でも、主人は何だか淋しそうだったぜ」
「チョツトあってな。なあにちぃとやそこらでへこたれるようなお人じゃあないよ。世間の冷たい荒波を掻潜り、泳いで来たお人だから。伊達に、あんな風貌はしていないよ」
「君は何を観察しているのかね。あの怠け者の様な懈怠の中には、蚤のような心臓がひ弱に打っているんだぜ。細心な感性があるからこそ、静さんも惚れているんだぜ。静さんは足が少し悪いだろう。交通事故で二年近く入院をしていたんだそうだ。その間、一日も欠かすことなく見舞いに行ったそうだ。余程惚れ合ってなくては出来ることではないぜ」
「それは初耳だよ。そんな事があったのか・・・。うーん・・・」
「それに、主人の芝居はなんとか賞を貰っているし・・・。まだ、芝居が忘れられなくて、よく独り言を言っているのだよ」
「うん、家の中でものべつまくなしに喋り続けているよ」
「本当はとても淋しがりやなんだ。淋しいとついつい泣きたくなり吠えたくなるだろう」「うん、それには一理も二理もあるな。貫之さんが今日来る彼女に取られるのが堪らなくて・・・」
「それは、ママさんの方だろうよ。パパさんは嬉しいんだよ、だから感情を押さえられなくてじっとしておられない。だけど、その仕草をどう表現していいか分からない」
 五右衛門君は、主人をパパさんと呼び、静さんをママさんと言った。
「なにぶんにも不器用なお人だから・・・」
「君にはまだ分からないと思うが、父親に取っては息子の彼女、つまり、嫁は言ってみれば第二の夫人の様なものなんだょ。息子を通して嫁と睦み合うと言うことになるらしいんだょ」
「じゃあ、分身の分身が、主人のチンチンだとでも言うのかい」
「そう言うことになるかな。巧く言えないが、息子の嫁は父親に取って可愛くて仕方がないと言うことになるらしいのだよ」
「よく分かるのですね」
「ああ、君よりは少しパパさんとの付き合いが長いものでね。散歩の途中で、洗濯物をしまっている若いお嫁さんを見ると、うちの倅にどのような嫁が来るのか実にドキドキするな。可愛くて素直であって欲しいな。いいや、健康で、倅を心から愛してくれたら何も言わんのだが・・・と言いながら涎を垂らしていた事があったよ」
「そんなものですかね。あの主人にしても平凡な父親だって事ですか」
「人間てそれ位な者よ。感激屋の泣き上戸・・・」
「そんな主人が好きだょ」
「僕だって・・・」
 とまあ、兄さんとこの様な会話を交わしたのだった。
「今日は、五右衛門と三太郎がいやに騒がしいわね。どちらも発情期を迎えたのかしら」 静さんがそう言いながら入って来た。そして、網戸越しに、例えば人間の世界で言い換えるならば、刑務所の面会室にある穴の開いたガラス越しにと言うことになろうか、兄さんと俺が何やら額を寄せ合って話している姿を見て、
「なんと仲の良いことでしょうかしら。何時もこうあって欲しいわね」
 と笑窪の出ない頬を歪めて言った。
 それからは、なにがどうなったか、主人が書きかけている原稿用紙の束の上で寝込んだので分からない。川面を叩く雨の音がまるで子守歌のように聞こえたのを覚えているだけだ。

九太郎がいく・・・15

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主が転寝をしているので・・・。ママさんに言って外へ出してもらう。風は少し寒いが心地いい。
今日も三太郎さんの続きを・・・。今日で終わりか・・・。
明日から振る字がかまってくれなかったら何をしょうか・・・。

目覚めて俺はまだ朦朧としている頭を振り振り、両手を伸ばして前身を屈め背を高々と持ち上げ尻を突き出して欠伸をしていたところに、
「まあ、可愛い猫がいるわ。君の名は・・・確か三太郎くんだったわね。貫之さんに百日間毎日毎日電話を掛けることが出来たらデートをしてあげましょうと言ったものだから、貫之さんは最初の内は仕事や遊び、映画にテレビ、ビリーヤードにボーリング、お父さまとお母さまのこと、道真ちゃんのこと、車に読書に・・・。段々話が尽きたのでしょうか、まあ、普通の方だったらこの辺りでリタイヤをする方が多いいのですけれど、切羽詰まると底力が出ると言うし、知恵も働くという事かしら。貫之さんは丁度五十日目から、五右衛門君がどうした、三太郎君がこうしたと言いだしたのよ。最初はなんの事か分からなかったのょ。犬とか猫とか言ってくれればいいのに・・・その日から、電話が楽しみで楽しみで、トイレに発つのを忘れて何回が失敗りましたのよ。だって、私は犬も猫も大好きなんですもの。その話だったら、一生していてもいいくらいなの。だって、動物を可愛がるって事は愛ですもの。そぅよ、友情もいるしと言うことは生き物として互いに励まし合うことだし助け合うと言う事だしー、尊敬が不可欠だしだと言う事は互いに偉大さといたらなさを知ることだしー、親子の情愛もなかったら困るということは育てる責任と躾ける忍耐と勇気がいることだしー・・・。その事は結婚生活には重大で大切な事なんですもの。子供の頃から、私は結婚するのだったら、絶対に動物大好き人間でなくてはやーだーと決めていたの。良かった、お義父さんと言う人は、まるで、ゴリラの様な方だしー、お義母さんは山羊のように大人しい方だしー、道真さんは・・・そう、盲導犬の様な方だしー。今日お邪魔をして本当に良かったと思うのよー」
 前髪を少しだけ額に散らし、あとはワンレーンにして背に垂らした、うら若い乙女は俺に密かにそう言ったのだった。
 やったぜ、貫之さん。目出度い目出度いぜ、百日間、俺も陰ながら応援し声援し見守って来た甲斐があったというものだ。そのために、話の材料の提供には協力したつもりだ。五右衛門君の兄さんと語らってプロレスショウのような八百長を仕組んだり、便所のスリッパの片方を隠したり、猫撫で声で擦り寄ってみせたり、尻尾をわざと踏まれてみたり、カーテンを駈け上がって落ちてみたり、欲しくもない餌を欲しがってみたり、まあー俺が考えられることは総てやったのだから。
「小野小真智と言うの、仲良くしましょうね」
 と言って俺は小真智さんに抱き上げられたのだった。ふくよかな弾力のある二つの隆起が俺の首筋の辺りにあった。そして、静さんにはない甘い匂いが俺の鼻腔を擽った。俺の心臓はなぜか激しく打ち股間に全身の血が集まるのを覚えた。
 「ここでしたかな、トイレと言われて発たれたが中々帰られないので道に迷われたのかと心配いたしました。何分古くてだだっ広い家でして、この前なんか帰り道が分からなくて困った方がおられましてな・・・」
 主人はサービス精神を精一杯に発揮して言った。まあ、慣れぬ事とは言えユーモアとしては上等なものではなかった。主人が本領を発揮するのは五右衛門くん宜しく月に向かって吠える時だ。つまり、権力に立ち向かう時は本能丸出しで立ち向かうのだが、どうも、若くて綺麗な女性には言葉が萎縮するらしい。
「ご心配をお掛けいたしまして誠に申し訳ございません。猫の匂いがしていたものですから、ついつい足先が・・・。私は暗がりでも、どうなにややこしい露地でも道に迷ったことは御座いませんの。だって、私は夜目遠目ですもの。そして、迷いそうな所に私の匂いをそーと置いておきますから・・・」
 小真智さんは零れそうな白い歯を見せた。
「それではまるで五右衛門か三太郎と一緒ということになりますぞ」
「はい。幼い頃から、自然と共に生活をし学び、人間が動物としての本能を取り戻すことを習得しましたもの。犬に負けない臭覚、食物を穴を掘り貯える技術、どんな物でも咀嚼する鋭い頑丈な歯と顎、誰の足音かを選別の出来る耳、猫の俊敏性、トイレをきちんと後方付けする几帳面さ、甘える娼婦性、どの草が薬草かを選り分けることの出来る鑑識眼、等などを治めて参りましたのです。これは、私の先祖が家訓として残したものです」
「うーん。それは参りましたな。常日頃から、その大切さは心に銘じておりましたが、その実践迄は中々出来ませんでした。・・・それ程の家柄の才女が我が家のような貧乏と友情関係にある家柄とは釣り合わないのではありますまいか」
 主人はへりくだり、腰を砕けて言った。
「何を申されます。百日間一日も欠かさずに電話をしてくださった愛情はどんな高価なものにも勝ります。それに、柿本家はあの柿本人麻呂様に繋がるお家柄と言うことはよく存じております。何を隠しましょう、私の先祖は・・・」
「小野小町、クレオパトラ、楊貴妃と並び称せられた世界三大美人のお一人、でしょう。深草少将との事でつとに有名な・・・」
「あの逸話は間違っておりますの。あんな約束をしたことを小町はどんなに悔やんだことでしょう。だけど、百日間と言うのは代々小野家の女子が嫁す時に出す条件だったのです。小町も心ならずも・・・。そして、この私も・・・」
「有り難い、それでこそ、情があると言うものです。我が家に嫁いで戴けますかな」
「はい喜んで。それについて・・・」
「それについて、なにか・・・」
「はい、私は子供が好きですから・・・」
「この私も子供が好きなのは人後に・・・」
「私は、人間の出産に疑問を持っておりますの・・・」
「ほほ、どのような事ですかな」
「私は、最低三人から五人一辺に産みとう御座います」
「それは・・・」
 主人は何がどうなったのか呆気に取られていた。
「はい、犬や猫のように・・・」
「と言う事は・・・」
「はい。その方が経済的ですし・・・、今後の日本の人口問題を考えますと一挙に一・五三から二ー三に出生率が・・・」
「そこまで・・・」
「はい、種の保存。これからの人間は段々弱くなります。弱い動物ほど多産でなくてはならないという本能の原則があります。これは自然界の法則にのっとっておりまして・・・」
「どんな夢を見ていたのか知らないが、心地好く眠っていたな。お前は何も考えなくていいな」
 主人は胡坐をかき原稿を書いていた。その胡坐の中ですっかりいい気分で眠っていたらしい。さーて、今度はどんな夢を運んで来てくれるか・・・。

 一年間ともに暮らしたが主のことは理解しがたいことばかりだ。これから観察を繰り返し人間を解剖していきたいと思うが・・・。
 ひとまずここで俺の物語は未完としておこう。


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